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法華七喩 長者窮子の喩え

法華七喩 長者窮子の喩え

長者窮子(ちょうじゃぐうじ)のたとえ

法華経には七つの喩え話があります今回はその中から、妙法蓮華経信解品第四に説かれる「長者窮子の喩え」(ちょうじゃぐうじのたとえ)というお話を紹介します。

 ある父親の元から息子である男が家出をしてしまいます。男は貧しい生活をしながら諸国を放浪しています。父親は必死になって男を探しますが、見つけ出す事は出来ませんでした。ある時、国に戾ってきていた男を見かけた父親は、慌てて連れ戻そうとしますが、男は父親の顏すら忘れており、恐怖のあまり怯え逃げだそうとします。そこで考えた父親は、従者に男を屋教に雇い入れ便所掃除をさせるように伝えました。男は真面目に働き、またその生活に满足していました。次に父親は男に自身の財產の管理運用をするよう命じました。そこでも男はわずかなお金もごまかす事なく仕事を勤め上げました。そして父親が病に倒れた時、初めて男が自身の実の息子である事を伝え、その財産を相繞するように言い残します。男は今度はそれを素直に受け入れ、この上ない喜びを得たのでした。

お釈迦様の巧みな方法

 ここでの父親は「お釈迦様」のことで、息子である男は私たち「衆生」を指し、父親の財産は「成仏」を指します。人は本来誰しも成仏ができる「ぼさつ」であります。しかし、男が父親から逃げ出してしまったように、最初からすべての教えを体得し、悟りに到達する事はできません。そのためにお釈迦様は方便(お釈迦様の巧みな方法)として様々な経典を説かれ、段階的に衆生を成仏せしめようとお導きになられたのです。

 現代でも多くの異なる経典が信奉されているのはそのため。それらの経典はあくまで仮のものであり、最後には法華経に帰依することで成仏への道が開かれるのです。特に末法である現代においては、法華经を信じ、南無妙法遥華経のお題目をお唱えする事が何よりも肝要なのです。

参考 法華宗教化センターリーフレット「咲かそういのち」2020秋号

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